28000HITリク

彼らの緊急非常事態

「休暇が欲しいだと?」

 胡乱な声でアンクロワイヤーは問い返した。同席していた軍師エウドリと補佐のユアン、戦果報告の為に呼び出されていたイフの三人は青い顔で硬直する。
 そんな彼らの横でにっこり笑って頷いているのは、元トライアイランド解放軍君主にしてエルフの女王ガーベラである。

「ええ、女性全員で。たまには男性抜きでゆっくりしたいですもの」
「ほう、女性のみで。それはまた危険な申し出だ」

 頬杖をついたアンクロワイヤーが邪悪に笑う。しかし、ガーベラは平然とその笑みを受け止め、嫣然と微笑み返して見せた。さすが女王。

「あら、どういう意味でございますかしら」
「なに、深い意味はない。この戦時下に、女性だけの団体旅行なぞ危険ではないか、と案じたまでのことよ」
「まあ、なんてお優しいお心遣い。ですが、その心配は無用ですわ。大陸に勇猛を馳せる新生シンバ帝国の武将を数多く含んでおりますのよ。このメンバーで何を恐れる必要がありましょう」
「確かに。我が国の武将は女性だからといって侮ってよい者などおりはせぬ。女性といえど男顔負けの猛者など世界にはいくらでもいるのだからな、なぁイフ」
「あ? あ、ああ」

 突然に話を振られて、思わず素直に応答するイフ。アンクロワイヤーの出した例が、いつかエディンで出会った彼らの知り合いの少女を暗に示している、ということにまでは気が回っていないらしい。

「だが、そんな中だからこそ、武将が大量に休暇など取られては困るのだ。もはや大陸の三分の一は帝国支配化であり、我が軍に逆らう愚か者どもの掃討も着々と進んでいる。ここで手を緩めるは得策ではない」
「そのような血生臭いお仕事はどうぞ殿方で片付けてくださいませ。女性とは本来、たおやかで穏やかで、つつましくも我が侭なもの。妻は元気で留守がいいと申しましょう。女が健やかなのは平和な証拠ですわ」
「平和でどうする、戦争中だぞ。妻を名乗るならば、夫の帰りを夕飯とフロの支度くらいしながら待っていたらどうなのだ」
「あら、いつ貴方が夫になりましたの」
「それを言うなら、貴様らはいつ妻になったのだ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「話が逸れましたわね」
「そのようだな」
「では改めまして、休暇をいただけませんこと?」
「今までの話し合いをまったく無視した言葉だな。ではお答えしよう、却下だ」
「女性武将がいなくなるくらい、どうということはありませんでしょう」
「それは否定せん。我が軍の男性諸君はそれほど惰弱ではあるまい。だが、我らが働いている時に貴様らが呑気に物見遊山などしている、という事実が気に喰わん」
「御心が狭いかと存じます。大国の君主たる者、懐(ふところ)深く心は広く! 部下の苦労は己の苦労と心得なさい」
「寝言は寝てから言っていただこう。部下の苦労は部下の苦労だ。自由を認める代わりに責任の一切も負ってもらう。そうすれば、いざという時に首を斬るだけで済むからな」
「・・・・・・アンクロワイヤー、途中までいい話だったのに・・・・・」

 エウドリがさりげなくツッコミを入れる。

「仮に休暇をやったところで、あの人数の女を連れてどこへ行こうというのだ」
「おほほほほ、ご心配なく。女性のことは私にお任せくださいませ。あ、それとジルも連れてまいりますわよ」
「・・・・・先ほど男抜きで、とかなんとか聞いた気がするのだが」
「ええ、そう申し上げましたわ。大丈夫です、ジルは殿方ではなく私の下僕ですから」
「ジ、ジルさん・・・・・・・・」

 ユアンがそっと目頭を押さえた。

「何故にジルが必要なのかな?」
「女のみの旅行は危険でございましょう?」
「下僕一匹を連れて行ったところで、何の役に立つというのだ」
「荷物持ちくらいには使えましてよ、あれでも」

 ジルの人権をまったく無視した会話だが、たとえここに本人がいたとしてもこの二人を止めるトコは不可能であっただろう。アンクロワイヤーもさることながら、エルフの女王も結構言う。

「ふん。で、女を侍らせてアナタは何を企んでいらっしゃるのかな、女王様?」
「ほほほ、女の心は海より深く空より広いもの。殿方の分際でそれを理解しようなど、千と百万光年早いですわ」
「ははん、それはそれは。この若輩者、まだまだ修行が足りんようだ。はるかに年上の方へは敬意を払わねば。非礼を許されよ、年齢不詳の妖怪ババア殿」
「お気になさらず。誰にでも間違いはあるものですわ。乳臭いガキのたわ言に、いちいち腹を立てるほど狭量ではございませんの」

 アンクロワイヤーとガーベラの間には、もはや火花どころの騒ぎではなく、雷光が走りまくっていた。両者とも笑顔のままであるから余計怖い。
 
「失礼しまーあぎゃあぁぁぁ!!!」

 そこへ、書類提出の為に運悪く入ってきた鹿毛虎が一瞬にして炭と化したという伝説は、永く新生シンバ帝国兵たちの間で語り伝えられたという。
 一切の他者の介入を許さぬ険悪さで、アンクロワイヤーとガーベラは睨み合っていた。
 アンクロワイヤーについては、この場に緩和剤(エウドリ)があるからなんとかなだめることが可能であろう。問題なのはガーベラの方である。
 彼女をどうやって鎮めるべきか、大いに悩むところだ。なぜなら、新生シンバ帝国武将のほとんどに有効である万能薬(注:エウドリ)(ただし迂闊に使用すると君主が暴走するので、使用上の用法を守って正しくお使いくださることをオススメします)が、この女王にはまったく通用しないからなのである。
 普段は優しいガーベラであるから、緩和剤など必要ではない。あえて言うならジルがそれに該当するのかもしれないが、先ほど女王自身が言っていたように、彼は所詮下僕扱い。そんな者に緩和剤の効能を期待できるのだろうか。
 ぐるぐると答えの出ない問答を繰り返しながら、その場に同席していた三人(主にユアンとイフの二人)は成す術もなく見守るしかなかった。
 しかし、そこに一条の光明は差したのである。その時ユアンは、本気で神の存在を信じそうになったのだそうだ。

「神様は見守ってくださってるものなんですよ」

 その後しばらくの間、彼は口癖のように言っていたとか。
 それはともかく。登場したのは元魔皇軍君主ロゼであった。

「あのう・・・・失礼します」
「あぁ〜ら、ロゼ殿〜vvv」

 途端、ガーベラの雰囲気が一変した。それまで阿鼻叫喚の地獄だった場所が、突如として見渡す限りの花園にでも変わってしまったかのように。
 ガーベラは両手を広げてロゼを出迎えると、しっかりと胸に抱いてその頬にキスをした。

「どうなさったの〜v こんな危険極まりないところへいらっしゃるなんて」
「あ、あの、ガーベラ様」
「んん? なにかしら〜v 可愛いアナタの頼みなら私何でも聞いて差し上げてよv」
「いいから黙れ、脳内危険地帯め。ロゼ殿、ご用件は」
「あ、はい。あの、ガーベラ様のお戻りが遅いので、休暇願いのことで揉めてらっしゃるのではないかと・・・・」
「まぁ〜v 私を心配してくださったのね。なんてお優しいのかしらv」

 ロゼに抱きついたまま嬉しそうに笑うガーベラを見て、アンクロワイヤーの額に青筋が一本増える。

「・・・・・・ユアン」
「は、はい閣下!!」

 部屋の隅、壁際まで追い詰められていたユアンが飛び上がって返事をした。

「すぐにマーガレットとプリムローズを呼んで来い」
「は? プ、プリムローズですか?」

 思わず問い返したユアンに、アンクロワイヤーは無表情のまま頷くと、ギロリと視線を投げて寄越した。
 その壮絶な視線にさらされて、ユアンはそれ以上何も言わずに部屋を飛び出して行ったのだった。もちろん、ドア付近で黒コゲになっていた鹿毛虎の回収も忘れずに。
 残されたエウドリとイフは、とりあえずガーベラの怒気は鎮められたものとして、それぞれがそれぞれの役目を果たすべく行動に出ることを目と目で頷きあった。

「ア、アンクロワイヤー。えぇーと・・・・・・なぜ、プリムローズ殿を呼んだのだ?」
「ガーベラの好みだからだ」
「はぁ・・・・・?」

 分からない、と首を傾げるエウドリに、アンクロワイヤーはいくらか目元を和らげると、無言のままガーベラたちの方を示したのだった。
 一方、イフはロゼを抱き締めたままのガーベラに近寄ると、とりあえずロゼの救出作戦にかかっていた。

「ロゼ。・・・・・・・・何をしている?」
「何って・・・・・何かしら」
「ほほほ、ロゼ殿は私とお話していらっしゃればよろしいのですわ。半魔の坊や、用件が済んだならとっとと退室なさいな」
「そうはいかん。ロゼはオレたちの隊の部隊長だ。それが、オレたちに無断で休暇だと? どういうつもりなのだ」
「あ、それはね」
「貴方には関係のないことでしてよ」
「アンタには訊いていない。ロゼ、どういうことなのだ」
「う、うん。あのね」

 だが、ロゼが何か言おうとする度に、彼女の首に巻きついたガーベラの腕に軽く力が込められて、ロゼは思うように話せない。
 それに気付いたイフが不機嫌に眉をしかめながら文句を言った。

「・・・・・・ガーベラ殿。ロゼを放されよ」
「まぁ、貴方にそのような指図をされる覚えはありませんことよ」
「ロゼが迷惑している。指図ではなく正当な要求だ」
「あら。迷惑でしたか、ロゼ殿?」

 背の高いガーベラは、上から覗き込むようにロゼに柔かい笑顔を向ける。慈愛に満ちたその微笑に、ロゼは少し見惚れて首を振った。

「そ、そんなことは・・・・・」
「おほほほほ。ということですわよ、坊や」
「ロゼ・・・・・その年上の女に弱い性質をなんとかしろ!! こんな見当もつかないほどに年上だと推測される女まで許容範囲なのかお前は!?」
「・・・・・・・お尻に卵の殻をくっつけてそうな坊やが、言ってくれるではありませんか」
「誰がだこの両刀使い!! いいからロゼを解放しろ!!」
「り、両刀使い?」
「うふふ、ロゼ殿は知らなくてもよいことでしてよ。育ちの悪さが覗えますわねヒヨコちゃん」
「育ちがいいヤツほど、人格的欠陥に恵まれるもんだぜ」
「誰のことかな、イフ」

 背後からアンクロワイヤーが口を挟む。その横ではエウドリが、頭を抱えて難しい顔をしていた。

「どうしてこう・・・・・・イロモノばかりが揃っていくのだ、うちの軍には・・・・・・」
「類友というヤツではないかな?」
「はん。テッペンが腐ってりゃあ、汚染の広まりも速いってもんだぜ」
「ほう。ではお前は末端腐食部分かな。それはいかん、すぐに切り捨てなければな」

 アンクロワイヤーに一言言えば三倍になって返ってくる。分かっていながら言わずにいられないイフであった。
 その時、丁度良くユアンがマーガレットとプリムローズの二人を連れて戻って来た。

「閣下! お待たせいたしました」
「ガーベラ様! 何をなさっておいでですの!!」
「あのー、私はなぜ呼ばれたのでしょうか」

 ユアンは息せき切ってアンクロワイヤーへ報告し、マーガレットはロゼに抱きついたガーベラに血相を変え、プリムローズはのほほんと事の経過を眺めていた。
 マーガレットが素早くガーベラの元へ駆け寄ると、その腕を強引にロゼから剥ぎ取ったのである。
 その隙に、イフはロゼを取り返す。

「あぁん、せっかくロゼ殿に抱擁していたのに〜」
「ガーベラ様!!」

 名残惜しそうに手を伸ばすガーベラに、マーガレットは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「どういうおつもりなのですか!? 休暇のお願いにいらしていたのではなかったのですか! どうしてこんな所でロゼ殿と抱き合ってらっしゃるんですか!!」
「おい! そっちが一方的に抱きついていたのだろうが!!」

 マーガレットの台詞に聞き捨てならない単語を見つけて、イフが文句を言う。
 だが、マーガレットは彼など歯牙にもかけず、ひたすらガーベラに迫っていた。

「いつまでたっても戻っていらっしゃらないから、私心配しておりましたのに! なのに、ガーベラ様はこんな所でまで他の女にくっついていらっしゃるだなんて・・・・・・・・・」
「ああ、泣かないで、可愛いマーガレット。私が悪かったわ」

 ぐずり始めたマーガレットをガーベラがふわりと抱き締める。その様子を呆然と見守るエウドリと、さりげなくロゼの目から隠すイフ。
 呆れ顔のアンクロワイヤーはプリムローズに命じた。

「プリムローズよ、あそこの同類を連れて退室せよ。話の続きはロゼ殿に聞く」
「あ、はい。・・・・・・・・・あの、アンクロワイヤー様。同類ってどういう意味ですの」
「恋愛は個人の自由だ。オレが口出しするべきことではない」
「・・・・・・・・・・・誤解があるように思われますが」
「そんなことはない。安心しろ、オレは理解者だ」
「誤解をしたまま理解をしないで下さい。・・・・・・と言っても無駄なのですかしら」
「分かっているなら訊くな。そんなことよりも、オレは迅速な行動を望むが?」
「・・・・・・・・かしこまりました」

 プリムローズに促されて、ガーベラとマーガレットが退室する。ガーベラは、今やマーガレットをなだめるのに夢中になっているらしく、先ほどまでの話などとうに頭から消えているようだった。
 扉の向こうで、一層激しいマーガレットの泣き声が聞こえたところを察するに、部屋を出る際にガーベラがプリムローズにちょっかいでもかけたのだろう。
 女は恐ろしい、としみじみ思うエウドリであった。

「ふう・・・・・やっと落ち着いて話ができそうだ。それで、何故に女性武将の休暇などをガーベラは言い出したのかな、ロゼ殿」
「「は、はい。なんでも、トライアイランドには美白効果のある温泉があるとかで」
「ほう?」
「ガーベラ様が、戦で疲れた女性にゆっくりと過ごすのも大切だと仰いまして・・・・・・アンクロワイヤー様には、ガーベラ様が交渉するから、と」
「ふむ・・・・・女性たちは乗り気なのかな、その話に」
「はい。メトロノーゼ様は温泉好きでいらっしゃいますから一も二もなく同意なさって。それで、マシリー様やアクアマリン様も、たまには男抜き、特に暗黒のがいないってのを堪能したいとか仰っておられまして。私、どういう意味かちょっと分からないのですが」
「ああ・・・・・・・それはそれは。覚えておくとしましょう」
「ア、アンクロワイヤー。ちょっとした出来心からの言葉なのだから、そんな額面どおりに受け取らなくても・・・・・・」
「分かっているともエウドリ。で、他には何と?」
「ほとんどの女性は、行きたいと思っていらっしゃるかと。クローディア様など、ヒースクリフ様の為にもっと美しくなりたいとか」
「ほほう、興味深いですな。あの山育ちが、今更どうにもならんだろうに」
「アンクロワイヤー・・・・・・女性に対してその物言いはどうかと思うぞ」
「いない者に気を使っても仕方あるまい。それで、貴女はどうなのかな、ロゼ殿」
「え、私ですか」
「そう、貴女です」
「私は、その・・・・・・」

 ロゼは、気遣わしそうにちらりとイフをうかがった。彼がさっき言っていたように、ロゼは彼の所属する隊の部隊長なのである。それなのに、彼が働いている時に休むのは気が引けるのだろう。真面目で誠実な、彼女らしい心遣いである。
 イフは、少し困ったように笑って肩を竦めた。

「ロゼ、好きにしていいんだぜ。何も行くなって言ってるわけじゃない。ただ、オレたちに一言断ってからにして欲しい、と言っているんだ」
「・・・・・ごめんなさい。あの、行ってもいいかしら、イフ」
「それは、君主サマが判断することだな」

 イフがおどけた調子でアンクロワイヤーを示す。その表情の裏には、「許可してやれよ」という無言の要求が含まれていた。 ロゼが少し緊張したようにアンクロワイヤーに向き直る。
 アンクロワイヤーは少しの間沈黙を守った。エウドリはそんな彼を急かすでもなく、何か諫言するでもなく、ただ安心させるような微笑をたたえていた。
 やがて、アンクロワイヤーは長い溜め息をつくと、言ったのである。

「・・・・・・・・・・・・・まぁ、いいでしょう。楽しんでいらっしゃい、ロゼ殿」

 すると、ロゼの顔にぱあっと輝くような笑顔が広がった。
 こうして、新生シンバ帝国から、一ヶ月もの間女性武将が姿を消すこととなったのである。



「華、がないもんよ・・・・・・」

 ぽつり、と呟いたのはヴァイルだった。女性武将がいなくなってから一週間。さすがにむさくるしさが限界に近くなっていた。

「あーあー、なーんか気合が入らねぇっつーかなぁ! 気が滅入るっつーかなぁ!!」

 柄も悪くがなりたてるのは鹿毛虎である。だが、イライラしているのは彼らだけではなかった。
 なにせ右を向いても左を向いても、見える者は男、男、・・・・・・・・普段から女性武将が溢れ返っていただけに、それは拷問にも近かった。
 そして、それはやがて軍全体に拡大してゆき、あちこちで乱闘騒ぎが起こる。その度に出動する軍師の艶姿(誤)に一度は落ち着きをみせるものの、軍師は結局君主の個人所有なのである。眺めることすら命懸けな心の慰めなど何の意味があるというのだろうか。
 だが、そんな毎日が長く続けば帝国は弱体化するばかりである。君主アンクロワイヤーは、早急な対策を立てる必要に迫られていた。
 そして、君主はある案を可決したのである。

「全員、この箱からクジを引くのだ」

 いつ用意したのか、大きな箱にぎっしりと入ったクジの山。会議室に集められた武将はワケも分からずにただクジを引いていった。
 一人、また一人・・・・・・やがて全員にクジが行き渡ったのをみて、アンクロワイヤーも自ら一枚引く。

「全員、行き渡ったか?」
「アンクロワイヤー。オレがまだだ」

 箱を持っていたエウドリが言うが、もはや箱の中にクジは残っていない。だが、アンクロワイヤーは心得ているとばかりに頷いて、「お前はいいのだ」と言った。

「よし、では開け」

 君主の号令で、集められた武将が一斉にクジを開く。

「当たりの者は正直に名乗りを上げるように」

 それに対し、当たりクジを引いたのはイフとユアンであった。
 アンクロワイヤーは二人を見回して、にやりと笑う。

「ほう、なかなか良い目が出たものだ」
「これはなんなのだ?」
「当たったら、何か貰えるのですか?」
「いや、逆だ。お前たちにはこれから先、女装して過ごすことを命じる!!」
「・・・・・・・・・・・・・・はあぁ!??」

 イフとユアンの間の抜けた声と、そこに集まっていた武将たちの声が見事にハモッた。
 沈黙が会議室を包む。アンクロワイヤーは至極真面目な顔で、沈黙が破られるのを待っていた。
 その表情が変わらない様子に、武将一同は君主の本気を察した。
 おそらく、絶えない乱闘騒ぎを緩和させるための策なのであろう。アンクロワイヤーがこれほどまでに、臣下の武将の為に骨を折ってくれたことがかつてあっただろうか?
 ・・・・・・・・・それにしてもコレはないんじゃないのか? と全員が全員思ったが。

「あ、ああああああの、アンクロワイヤー様?」

 どもりまくって動揺しまくったユアンが、かろうじて声を出した。

「なんだ」
「ほ、本気・・・・・・なん で す よ ね」

 質問口調で始まった言葉も、アンクロワイヤーの目線一つで諦めの呟きへと変わる。

「冗談じゃないぞ!! なぜそんなことをせねばならんのだ!!」

 絶望に暮れて涙を流すユアンとは違い、イフは顔を真っ赤にしてアンクロワイヤーを怒鳴りつけた。

「もちろん冗談などではないとも。仕方あるまい、帝国の平和のためだ」
「なにが仕方ないだ!! こんなことしたって、焼け石に水! 気色悪さで現状が悪化するだけに決まっているだろうが!!」
「そうでもないだろう。お前とユアンならばそれなりに見られるものができるはずだ」

 冷静な君主の言葉に、思わず頷く武将一同。これで鹿毛虎とかヴァイルが当たりクジを引いていたなら、今ごろは全員が一致団結して君主に撤回を泣いて懇願していたことだろう。

「見られてたまるか!! 二十歳を過ぎた男がスカートに化粧なんぞして、本気で似合うと思っているのか!?」
「結構具体的に考えているのだな。安心しろ、誰もミニスカートを着用しろとは言わん。化粧もまぁ・・・・・お前たちなら必要ないだろう。ただドレスを纏ってしなだれていればいいのだ」
「誰がするか気色の悪い!! 絶対に嫌だ! 断固拒否させてもらうぞ!!」
「ならば代わりの生贄を差し出してもらおうか。当たりクジを引いた以上貴様に拒否権はない。逃れたければ代用品を用意するがいい」

 アンクロワイヤーの台詞に、イフは一条の光明を見出した、とばかりに後ろに集まる武将を振り返った。

「・・・・・・・代わり、ね」
「ま、待て。落ち着こうぜイフ」

 ダラダラと冷汗をかきつつイフをなだめるのは、一応彼とは仲の良いミュールであった。

「か、考えようによっては凄いクジ運じゃねぇか。これだけの人数の中から、よりにもよって魔族と人間の中でも随一の美形が当たるなんてさ」
「嬉しくないわバカたれ」
「大丈夫だって、今だってスカートはいてるようなもんじゃねぇか。エディンの頃なんてもっとビラビラした衣装で・・・・・」
「アンクロワイヤー、ミュールではどうだ」

 額に青筋を浮かべたイフが無情な提案をする。

「ふむ、悪くないが。今ミュールが言ったようにせっかく人間と魔族から一人ずつ出たのだしなぁ。どうせなら魔族から選んだらどうだ」
「魔族ぅ・・・・・・?」

 イフが武将たちに視線を戻す。なんとか難を逃れたらしいミュールはほっと一息ついていた。
 魔族、魔族・・・・・・と考えながらイフは武将を舐めるように見回した。もはや正常な思考回路は失われてしまったらしい。

「バイアードはどうか」
「お前の代わりにしてはゴツイ」
「細いヤツ・・・・・アンハートは?」
「アル中の女がいて嬉しいか?」
「む。ではスパイダー」
「本気で言っているのか」
「では・・・・・・・・・そうだ、シーグライドなら適任だろう」
「む、悪くないか・・・・・・・」
「な! 止めてくれ!!」

 イフとアンクロワイヤーの会話にビクビクしていた魔族武将たちが、一斉にシーグライドに注目した。確かに彼ならば、細いし髪も長いし、なにより綺麗な顔立ちをしている。
 人選的にはかなり問題のない感じだ。
 だが、当のシーグライドにはたまったものではない。

「イフが当たりクジを引いたのだから、イフがやるべきだ! 君主、そのような例外を初っ端から認めては悪しき前例を作るだけですぞ!」
「ふん、オレとお前と、どちらがより女装にふさわしいか。鏡を覗いてとっくりと考えてみることだな」
「ふさわしくなくて結構だ!! どうしたのだイフ! お前はそんなプライドのない男だったのか!?」
「プライドでこの局面を乗り切れるか。潔く身代わりになれ」
「絶対に嫌だ! 戦士がそんなみっともないことはできん!!」
「帝国の平和を守る為だ。己が泥を被っても国を守る。なんともご立派な心根ではないか」
「棒読みで白々しいことを抜かすな! お前こそ潔くスカートの一つくらい纏って見せろ!!」
「その台詞、そっくりそのまま返してくれるわ」

 イフとシーグライドが激しい口論を繰り広げる。どちらも一歩も譲る様子を見せない、白熱した闘いだ。
 このままでは埒があかない、と賢明な君主は考えた。

「お前たちの気持ちはよく分かった。ではこうしよう。とりあえず二人とも女装してみて、より美しい方が続行する」
「正気か貴様。女装で美しさを競ってどうしろと言うのだ」

 アンクロワイヤーの、根本をどこまでも間違った解決法にイフが即座に文句を言う。しかし、普段からイフに敵対心を燃やしているシーグライドは、「二人で競う」という言葉にあっさりと乗ってきたのである。

「ようし! 勝負だイフ!!」
「どこまで阿呆だ貴様。戦士のプライドはどうした!!」
「戦士が勝負を挑まれて、退くわけにはいかん!!」
「ここは退くところだ。そんなに女装がしたいなら勝手にしろ」
「逃げる気か、貴様!!」
「何の話をしているのか訊いてもいいか」
「男と男の勝負の話だ!!」
「どこの世界に女装で勝負する男がいるか」
「そこにいるではないか、イフ」

 ものすごく面白そうな顔で、アンクロワイヤーは言った。

「決まりだな、思わぬ事態になったが華が増えることは良いことだ。さて諸君、喜ぶがいい。明日からは華が戻ってくるぞ・・・・・・・・・にも関わらず乱闘騒ぎを起こした者は・・・・・分かっているな」

 往生際の悪いイフを引き摺って、シーグライドとユアンは着替える為に会議室を後にしたのだった。



 ─── 翌日

 光都フレネードには、久しぶりに華やかな光が差していた。
 その原因は、言うまでもなく三人の美女の存在である。

 まず、ユアンの場合 ───

「ほう、よく化けたものだなユアンよ」
「ほほほ、閣下。いかがですかしら、このドレス。ティータ殿のクローゼットをあさってみましたのよ」
「なるほど、よく似合っている。お前とティータは似ているからな。毒々しいあたりが」
「まぁ、褒めすぎですわ〜vv」

 近くでこの会話を聞いていたエウドリが、青ざめた顔で眉間を押さえていた。ここのところ、頭痛が増したように思う。誰のせいだかは、あえて考えないようにしていたが。
 ユアンのほっそりとした体と、幼さを残す甘い容姿、さらさらとなびく紫の髪にティータのドレスは確かによく似合っている。だが、色気が売りのティータ愛らしさが売りのユアンでは、彼女のドレスは少々煽情的すぎる。
 結果、顔は童顔で身体はイケイケという、どっかの変態たちが大喜びしそうなものが出来上がっていた。
 自軍の優秀な武将のその姿を、エウドリはかなり複雑な思いで見守るしかできなかったのだった。
 ちなみに、ユアンは女装期間中にもちろんアンクロワイヤーを口説こうとしたのだが、女がホモを口説けないのは自明の理。女装が似合いすぎることが裏目に出た敗北だった。

 続いて、シーグライドの場合 ───

「おお、シーグライド殿。これはまたお美しい」
「ふふふ、お上手でいらっしゃる。その口で何人の女性に愛を囁かれたのかな」
「はっはっは。囁くまでもなく寄って来るのでな、オレから口説いたことはないのだ。エウドリ以外は」

 ガタタン!! と本棚の前で調べ物をしていたエウドリが手に持っていた書物を取り落とす。
 シーグライドはまったく動じることなく、美しく束ねられた金髪に可愛いピンク色のリボンを巻きつけていた。

「なるほど、それは野暮なことをうかがってしまったようだ」

 シーグライドの衣装は淡い色合いのシャツとフレアスカートである。その素朴さが一部で異常な人気を見せていた。
 彼が服を仕入れたのはカーミラのところからである。最初はエルゼラからせしめようと狙っていたのだが、抜け目のない彼女は、留守中に部屋を荒らされぬよう二重三重の施錠をしていったらしい。
 鍵を破れなかったシーグライドは、仕方なくカーミラの服を失敬していたのだ。
 だが、それがかえって良かったらしい。器用に編みこまれた髪が、純情な村娘そのもので、このまま花束でも持たせて立たせていれば、飢えた狼どもにあっという間に連れ去られることだろう。
 真面目で立派な心根の剣士だと思っていたシーグライドのこの変わり様に、エウドリはただ密かに涙するのみだった。

 最後に、イフの場合 ───

「はーっはっはっは!! ははははは!!!」
「・・・・・・何がおかしい!!」
「ははは!! こ、これが笑わずにいられるか!!」
「ええい、黙れ! 誰のせいだと思っているのだ!!」
「くっくっく、それにしても・・・・・・・・ぶふぅ!!」

 盛大に吹き出すアンクロワイヤーに、イフはわなわなと頭に血を昇らせている。
 エウドリとしては、イフには同情を禁じえないのだが、それでも彼は笑い出さないようにするので精一杯である。机に突っ伏したまま、身体を小刻みに震わせて懸命に耐えていた。

「・・・・・!!! くそっ! おいバイアード! やはりこれは返すぞ!!」
「おいおい、せっかく苦労して盗ってきたのだぞ。よいではないか、なかなか似合っているし」

 イフが身につけている衣装・・・・・・それは、ヴァンパイアの王バイアードの妹ローザのフリフリドレスである。しかもどピンク。
 これというのも、昨日着るものに困っていたイフを見かねたバイアードの温かい心遣いだったのだが、イフに言わせれば「余計な世話だこのヤロウ」といったところだった。
 ロゼの衣装を借りようにも、彼女の部屋に入るのは気が引ける。かと言って、エティエルの衣装は借りるには過激すぎる。
 他に親しい女性に心当たりなどなかったイフに、選択の余地などなかった。それにしてもこんなドレスを持ってこなくても、という気持ちは否めないが。
 しかも更に痛いことに、イフの身長に対してローザのドレスは丈足らず。足が微妙にはみ出てなんとも愉快な姿となっていたのだった。
 大爆笑するアンクロワイヤーの気持ちも分かるというものだ。

「は、腹が痛い・・・・・・くくく、似合っているぞイフ。まさかお前のそんな姿を拝めようとは、夢にも思わなかったわ」
「だから誰のせいだコンチクショウが・・・・・・」

 呪いを込めて睨みつけるイフだが、それすらも今のアンクロワイヤーにとっては単なる笑いの種だった。どこまでも性格の悪い君主である。

 だが、彼らの苦労のおかげで新生シンバ帝国は再び落ち着きを見せたのである。



 さて、そんな変事が日常と化しかけたある日、当然だが女性武将が帰ってきた。
 フレネードに帰還した彼女たちが見たものは、異常に増大したユアンファンクラブと、ナイチンゲールと信者と化したシーグライド御一行。そして、長い赤毛をなびかせながら大股で歩く姫の姿であった。

 ・・・・・・・・・・・その後、女性武将がこぞってストライキしかけ、新生シンバ帝国の大陸統一はさらなる遅れを見せたとかなんとか・・・・・・・・・・・



終わり


えー・・・・・・大変長らくお待たせしてしまって申し訳ないです。
あまりにも楽しすぎて、予定よりも大幅に長くなってしまいました。
彼らにどんな衣装を着せようか、マスターズガイドを片手に笑いながら考えていた次第です。
アンクロワイヤー様にもさせようかな、とか考えていたんですけど、さすがに身長200cm近い女装は犯罪だ、と思いまして(笑)
でもコレって、アンクロ主役って言えるんだろーか(汗)
鳴滝さんに捧げます。


乍サマに頂きました。28000HIT小説でございます!
アンクロさんが主役で、イフが出て、なおかつ女装アリ・・・という無理難題にさらりと快くお引き受け下さいました!
アンクロさん唯我独尊で素敵です。私はアナタの部下になりたい!!!〈本気と書いてマジ〉
そしてイフ姫を掻っ攫いたい次第でございます〈駄目です〉
素敵な小説を有難うございました!乍サマ愛してますv〈抱きつき/殴〉


↓乍サマのサイトは此方です。↓